和太鼓という楽器と、八丈太鼓という演奏スタイル、音楽というもの、それをめぐるぼくらのグルーブな日常について できるだけ面白おかしく分かりやすく書いています。 沢山の人に読んでもらうのを過剰に意識してますが、まったく高尚なものではなく、疎にして雑。目くじら立てずに読んで下さい。
 This is personal blog I write about wa-taiko, Japanese drum, style of Hachijo-taiko, music itself and our groovy lives. I write them with humor, amusing way and easy for understanding as much as possible. I am conscious in large in surplus, but it is not so lofty, might be miscellaneous. Please don't flay and do enjoy to read.

2011年2月10日木曜日

太鼓の練習(四)

個人打ち(そのに)
僕は体が堅くて、太鼓の打ち方もなめらかじゃないです。せめて頭はスマートにと日頃心掛けていますが、あまり太鼓が上達しないと頭もやばいんじゃないかと思われかねません。

僕は頭で考えているからまだまだなんでしょう。"Don't think. Feel!"(考えるな、感じろ)とBruce Lee(李小龍)先生も映画の中でおっしゃてるではございませんか。

不甲斐ない個人打ちにも、やさしいジョンさんはサムズアップしてくれます
太鼓は頭で打つものではなく、撥で、あっいやなんというか、体がノリに合わせて自然に動くものだと思うので、やっぱり肝心なのは体に覚えさせるための練習なんやろうなと思います。走る時に「右足そして左足また右足・・」なんて、考えなくても緩急自在に走れるのと同じように、太鼓も体が流れるように緩急自在に奏でられるはずなんです。それができると吾が純真な心も太鼓に伝えやすいのだす。

さて、本人の八丈太鼓の上達具合が見えるのが個人打ちです。八丈太鼓キタマダでは一回の練習ごとに二回の個人打ちをして先生を含め全員に本日時点での自分の頂点の演武(?)を披露します。ただ自分の中での頂点とは認めたくないことが多いですが、やっぱりそれが実力なんですよね。

個人打ちには遠藤先生のワンポイントレッスンがも・ち・ろ・んあります。ま、僕のばやいワンポイントではなくワンサウザントポインツですが。なにせ太鼓練習歴5年ですから。

これまで頂いたポイントは頭ではなく体が覚えていると思ってはいても、5年前に言われたポイントが、最近もまたと言われることもあります。要は言われたとおりに体を動かして体に慣わせばいいのですが、いっこやるともういっこ忘れていることもあり僕は何かしら抜けています。

Don't think. Feel. Concentrate all with all the verve for riding on rythm. 
Body would obey what you feel. Don't have to control your body. SOund and rythm control it and all you should do is to open your mind.

ポイントについて撥に暗号を書いたり、腕輪をしたりしましたが、いまいち効果がなく、体に彫っておけばいいかもしれません。とーやまの金さんじゃないですがはだけた両肩に桜吹雪紋々がある、と思ったらコシヲマワスと書かれている・・みたいな。ある意味、体が覚えています。

さて昨今の僕の個人打ちがどうか? 駄文ばかりでさっぱり筆がすすみませんが、また次の機会に書きます。

2011年2月6日日曜日

交流(二)

寄せ書きは次回への架け橋に
1000人太鼓


24時間太鼓は2010年12月4日10:00から翌5日の10:00。その間本当に1秒も休むことなく太鼓演奏が流れました。八丈太鼓は下打ちの人が曲のベースです。そのため実力者のみが下打ちをします。それもゆうきち、しゃばたき、とんこ(かしだて)、ほんばたきを自由自在にとりかえながら打ちます。24時間実に大変だったのは下打ちを担当した数名の方々だったのではないでしょうか。つまり数名の下打ちの人が24時間1000人の太鼓を交代で担当したのです! m(_ 深謝 _)m

1000人分の太鼓はまったく壮観です。信じられないぐらい早打ち、信じられないぐらい激情型、太鼓正面でたたく人、朗々と唄う人、げらげら笑いながらの人、ベロベロに酔って叩く人、叩くより踊るのがメインの人、お経のような太鼓、ラテンのような太鼓、必ず拍手を誘う太鼓・・。上も下もない、名人も下手もない、ルールも縛りもない自由な太鼓が続きました。僕は、八丈に行けばと言ったかみさんの言葉が正しかったことを悟ったのでした。僕の中で何かが変わりました。

たいこぉ~たたいて~ひとさまよせてぇな~~。特別な人が叩くものじゃなくて皆で演って楽しむ太鼓。そうありたいと思うひとが集まる太鼓。それがいいなと思いました。

なのに、僕は夜中1:00から6:00まではっきりいってきっぱりとぐっすり眠りました。それも宿で! うえっ! そんなていたらくで24時間太鼓に参加したといえるのでしょうか?! 
ま。次回の24時間ではそうならないと思います。それには理由があります。それはまた後日書きます。

zzz・・僕が眠っている間に太鼓が破れるというハプニングがあったそうです・zzz・・zzz。

本当に楽しかったことの一つは「石投げ踊り」でした。これは楽しい! 僕も? 踊りましたよ。ちょっとだけ録画したので載せます。不特定多数の人が映ってますが、逆光で顔がよく見えないので、ま、いいでしょう。太鼓をたたいているのは、栄進さんと、善男さんです。「パラパラ」が全国区になって「石投げ踊り」がそうならないのはおかしい!


24時間太鼓はみんなで盛り上がりました。みんなでゴールしました。八丈島の内と外、所属する太鼓の会の内と外が「八丈太鼓」でひとつになりました。太鼓だけで人がまとまれるなんて素敵です。言葉はいらない、撥と太鼓があればいいです。(つづく)
映像: http://www.tokyo-islands.com/v3/contents/special/vtr/24h.html

2011年2月4日金曜日

交流(一)

八丈へ

僕のかみさんは高校、大学とギター部でその後エレキベースに転向し今でもオリジナルロックだけをするバンドのメンバーです。ヤマハ日吉教室の全校発表会のベストベーシストに選ばれるだけに僕の太鼓への視線は超ドライです。僕が太鼓を打っているビデオを見るよりは洗い物の方が気になるみたいです。気まぐれにビデオを見たかと思ったらうんともすんとも言わず、何事も見なかったかのように新聞のテレビ欄を眺めたりしています。

一度八丈に行ってみるべきじゃないの、などとときどきかみさんは言うものの、行っても僕の中で太鼓のなにかが変るようにも思えずにいましたが、懐かしい海に行ってみたい気分はいつもありました。

周りの人もノリノリになってくれました
2010年の夏、八丈太鼓キタマダの木村さんたちにお盆に合わせて八丈島に行こうと誘われましたが、もったいないことに僕は行きませんでした。あとから面白おかしいお土産話をおききましたが、行っている間中太鼓三昧だったそうです。あちこちの盆踊り荒らしをして回ったと聞き、天晴(あっぱれ)と思いました。

2010年には八丈島で24時間太鼓が開催されることになりました。旗振り役は、木村さんがその太鼓を敬愛してやまない「よされ会」の奥山善男さんです。善男さんは2010の2月ぐらいに一度八丈太鼓キタマダの練習を訪れ、みなで一緒にお酒を飲みました。

24時間太鼓の企画はこの時に聞きましたが、それがとうとう実現されることになり、そのニュースを聞いた時なぜか僕は「千両」を思い浮かべました。「千両」は僕があの冷夏の年に、暑い八丈島でだいたいぼほ毎日かき氷を食べに行った乙千代浜の上にあるそば屋です。

ともかく24時間チャレンジ太鼓に手をあげました。決めればそれに合わせて生活と仕事を調整していけば良いのです。太鼓以外にも海、刺身、海、かき氷、黄八丈、くさや、温泉、海、かき氷、釣り、ドライブ、海、かき氷・・と、計画をしたかったですが24時間太鼓の開催は初冬12月4日です。計画のほとんどは僕の中から掻き消えました。

チャレンジしたキタマダのメンバーです
12月4日、朝5時起きで羽田空港に向かい、ゆきこさん、木村さん、深田さんと合流、木村さんのご紹介で、「楽鼓」や「おりんぱす太鼓連 響」の方ともお会いしました。そして飛行機は一路八丈島へ。とても美しい空と島々をみて、それだけで僕は八丈にいくことを喜んでいました。

で、24時間太鼓は賑やかに始まりさらに賑やかにゴールしました! その様子を僕が詳しく語るのは野暮といものです。こちらのブログに十分詳しく書いています。 http://shoden.ddo.jp/~8jotaiko/

太鼓はゆうきち、しゃばたき、かしだて、ほんばたき、それと聞いたこがないリズムもありました。それが24時間休みなく続きました。24時間連続して太鼓を叩きづづけるイベントに参加したことはともかく、実は、のべ1000人もの太鼓の演奏を見たことが、何よりも僕には 得難い体験だったのでした。(つづく)

2011年2月1日火曜日

太鼓の練習(三)

 個人打ち(そのいち)
太鼓の練習については全くもって書くことには事欠かないはずです。なんてったって「太鼓歴5年」の僕は「太鼓練習歴5年」だからです。
見ている人:左側はゆきこさん、右側は遠藤先生
練習日は大体一週間に土曜日1回。鶴見明神太鼓のシーズン中は地元でも練習するので週2回。でも時々休んだりするので年間通して50日位の日数です。で、練習歴5年だから掛け算して合計250日。するってぇとのべ1年にも満たないです。1日あたりの練習時間が4時間とすると全部で1000時間。日数にすると40日ちょっと。太鼓練習時間歴は1か月と10日ぐらいです。まだまだ修行が足りんということです。

遠藤先生の厳しい目が・・
八丈太鼓キタマダでは1回の練習について2回個人打ちをします。八丈太鼓は本来ひとつの太鼓両面での下打ちと上打ちのセッションなので、個人打ちでやっぱその日その日の個人の実力を披露せねばなりません。ほんばたき、しゃばたき、かしだて、どれを選んでもいいのですが、僕は僭越ながら勇吉さんにおつきあい頂き、僭越ながら先輩の誰かに下打ちをお願いします。

実は個人打ちで僕は満足したことがいちどもないです。いわんや、キタマダの他の誰も僕の太鼓に満足したことないはずです。僕が満足したら満足したで、それはそれで、あれです。。。
まっ、つまり練習を続けてナンボです。

遠藤先生はときどきビデオで各人の個人打ちを撮影してくれます。僕が八丈太鼓キタマダに通いだしてだいぶ経ったある日、唐突に、僕が太鼓を始めたばかりのころの「秘蔵ビデオ」をくださいました。見ました。うわっ! です。うえっ! です・・・・やっぱり練習歴の積み重ね大事です。

2011年1月30日日曜日

出演(一)

鶴見神社「田祭り」にて、遠藤先生と春美先生
太鼓を人前で演奏することは1年をつうじて多いです。地元の鶴見明神太鼓は鶴見神社や地元の行事にはよく駆り出され、まつり系が続く時期は大繁盛します。・・といってもノーギャラです。

体力的にきついのは、鶴見の天王祭です。鶴見神社の氏子町内を神輿が大体いつも12、3箇所の商店や住宅街を巡回します。神輿の先回りをして前触れと、送り出しに6台ぐらいの和太鼓で盛り上げます。太鼓をたたく、太鼓を片づけて車に詰め込み次の場所へ、人をかき分けて太鼓を下す、太鼓をたたく、神輿の担ぎ手が休んでいる間もたたくときはたたく・・の繰り返しを夏の暑い時期に朝から夕方までやります。

緊張するのは赤羽大祭(馬鹿祭り)です。赤羽(東京都北区)二日間の区民祭りのオープニングに駅前駅前の広場で30分ほど八丈太鼓キタマダが演奏します。見物される方々も毎年常連様のようです。曲数もたくさんあります。年を追うごとに見る人も増えているようで、ますます緊張します。でもお客様はとても盛り上がってくれます。

武道始式:下打ち遠藤先生、上打ち鶴見明神太鼓の鈴木さん
僕の住んでいる地域の盆踊りは今時珍しく三日連チャンでニギニギしく「大会」として開催されます。ある年、鶴見明神太鼓が地区の町内会長(長老)の目に留まったとかで、毎年盆踊り大会の最終日に太鼓の枠が準備されています。なんとなく盆踊り大会最終日のメインエベント(?)ビンゴ大会の前触です。

そのほか、隣の町の神社のお祭り(恒例)、祭り好き地区のお祭り(ときどき)、鶴見の市民祭り(開催されれば)、鶴見神社の「田祭り」(恒例)、鶴見神社の「まめまき」(恒例)、鶴見やその周辺地域、北区周辺の敬老会(ほぼ恒例)、消防署や警察の行事(ほぼ恒例)、そして大晦日と元旦は年越しで太鼓をたたきます。(恒例)

おまわりさん、お疲れ様です!
実はつい先週、鶴見警察の「武道始式」という鶴見警察署内の行事にお呼びがかかり、所内の武闘派がみまもるなか八丈太鼓を演奏しました。見ている面々が面々なだけにぐっと引き締まった中で演奏しましたが、意外に緊張はしませんでした。僕はむしろ警察署内のこのような行事をまじかに見れたことにちょっと得した気分でした。(ブログへの掲載はおまわりさんにちゃんと許可をもらいました。)

2011年1月23日日曜日

太鼓の練習(二)

テンションとのり
八丈太鼓キタマダで毎週土曜日の1時~5時の練習に参加してまる5年です。太鼓に関わらず腕を伸ばすには自分より上のレベルの人と共にいなければいけないのは当然ですが、キタマダは僕にとってまさにそういうところです。なにしろ僕以外の全員が僕よりも上なんです、5年間変わらず。まるでスポーツジムのドレッドミル(ランニングマシーン)上を走っている感じです。

木村さん(大先輩)にはよく下打ちを御願いします。
練習の初めはCDによる下打ち(ゆうきち)にあわせて各人が思い思いに太鼓をたたく時間です。実は僕はこの自由打ちの時間に没頭したいと思っています。たまに本当に我を忘れているときがあります。全く周りが見えずただただ自分と太鼓だけがある感じです。だからといって、聞き惚れるような太鼓になっているわけではないです。

皆での練習は遠藤先生作の曲を打ちます。ゆうきち、しゃばたき、かしだての曲を先生やほかの誰かの下打ちに合わせてしっかり打てるようになるのが目的です。全員で揃って打てなければいけないのは当然ながら一人だけでもちゃんと打てないと及第ではないです。一人で打つと、揃い打ちの時に自分がいかに皆の陰に隠れているかが、よくわかります。

先生は曲の楽譜を作って僕らにくれますが、曲を楽譜どおりに打てばいいわけではありません。(まあ僕といえば楽譜通りにも打てないのですが・・)。曲をちゃんとわかり強弱で感情をつけ、撥ふりも美しくきまっていなければなりません。見ている人にノリが伝わる楽しくあるいは激しく踊るような太鼓がいいんだと思うんです。思えば同じ曲の練習を5年もしてますが、練習のたびに新鮮さを感じるのは、僕自身にまだまだ伸びシロがある証拠であると、ぼじてぶ・すぃんきんぐーしてます。

2011年1月22日土曜日

太鼓の練習(一)

キタマダ誘ってくれたジョン・ラビットさんと僕
つづいてるよね~
地元の鶴見明神太鼓に加わって僕は生まれて初めて本格的に太鼓を練習し始めました。
全く同じ日に鶴見明神太鼓に入った女性は八丈太鼓の経験者できれいなフォームで太鼓をたたいていたけどなぜか数か月で明神太鼓を辞めてしまいました。やめないで続けようね~と僕にいってたのに。大人ってわからないなぁ。

そして振り返ったら5年が過ぎています。やめようと思ったことは一度もないです。その理由も考えたことはないですが。
上達する快感と、人前で演じる快感と、一緒に太鼓をしている人たちとのふれあいかなと思います。年がら年中快感だらけではなく、上達についてはマダマダ感がほとんどです。

鶴見明神太鼓に今でも稽古をつけに来てくれている遠藤先生と春美先生が指導している太鼓のグループキタマダに行こうと僕を誘ったのはジョンさんでして、僕が明神太鼓に加わって数か月後。
鶴見明神太鼓で子供たちに交じってのんびりと太鼓をたたいているつもりだった僕には、キタマダはそれはそれは厳しい練習メニューに感じたものでした。それにキタマダのメンバーの方々のレベルは天上のようで、今でも僕はクモの糸をひいこら昇るカンダタです。

キタマダでの楽譜、下打ちCD、録画チェック、徹底的な基礎打ち、揃い打ち、あらゆるフレーズのバリエーションを取り入れた練習曲の繰り返し、といった科学的かつ合理的かつ熱血的かつ天才的な指導は僕には納得がいきます。